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  • mini-Shigeki-ZINE [2026]──角川文庫〝エロティシズム文学の傑作〟から覗く〈20世紀性愛文学〉の深淵 [A5判・28p]

    ¥800

    シゲキジン第6弾は、じつに今から半世紀(約50年!)前の海外文芸マーケットにその名を響かせた「角川文庫で読む 〝エロティシズム文学の傑作〟」の数々に焦点をあてた、ミニ大特集(ミニなのに…大!) ハラスメントもコンプラも声高に叫ばれることがなかった昭和中期……それは、20世紀文学史&出版史的には「禁書」や「悪書」「有害図書」扱いされてきた英米の性愛文学が、街の本屋の文庫コーナーに何気に並んでいた奇跡的な時代でもあった。2026年の今、それらを回顧すると同時に、なぜそのような事態が引き起こされたのかを(取材調査を重ねるのではなく)完全に個人の憶測と妄想から分析してみた小冊子。 相も変わらずZ世代には伝わりづらいアナクロな題材を「存命中に書き残しておかないと…」という謎の使命感から、今回も歯を食いしばって執筆。令和のゴスっ子/BLから百合〜ヘテロに至る、多種多様なエロ作家志願の貴兄・貴女も、後学の為にぜひお買い求めください(べんきょうになるよ!) [目次] ■はじめに:【角川文庫:エロティシズム文学の傑作】とは何だったのか? コラム①:【角川文庫:エロティシズム文学の傑作】全ブックガイド コラム②:エロティシズム文学の梁山泊『オリンピア・プレス物語』ものがたり コラム③:河出書房新社「人間の文学」シリーズとはとは何だったのか? コラム④:【角川文庫:エロティシズム文学の傑作】の後継者たち ■おわりに:21世紀の〝エロティシズム文学〟を考える(……フリをする) ──── 【サンプル原稿】 [はじめに]より(一部抜粋)  70年代の角川文庫の翻訳書ラインナップから、広義の〝エロティシズム文学〟というくくりに合致した作品は、【角川文庫:エロティシズム文学の傑作】というカテゴライズがなされ、そのカバー袖(表4側)には、以下のような類書タイトルが列記されていた。「作家・タイトル・刊行年」の順に、それらを列記してみると…… ── *ジョン・クレランド『ファーニー・ヒル』(1968年) *マルキ・ド・サド『悪徳の栄え』(1969年) *マルキ・ド・サド『美徳の不幸』(1970年) *マルキ・ド・サド『恋のかけひき』(1973年) *マルキ・ド・サド『ソドム百二十日』(1976年) *マルキ・ド・サド『閨房哲学』(1976年) *ポーリーヌ・レアージュ『O嬢の物語』(1973年) *ギョーム・アポリネール『一万一千本の鞭』(1974年) *ギョーム・アポリネール『若きドンジュアンの冒険』(1975年) *テリイ・サザーン『キャンディ』(1970年) *ジャン・ド・ベルグ『イマージュ』(1974年) *ジョルジュ・バタイユ『マダム・エドワルダ、他』(1976年) ──  出身国も執筆年も作風も千差万別であるがゆえ、識者が見たら「ゴッタ煮的な節操のないラインナップ」と一笑に付されてしまうかもしれない。たぶんそれは、特定の監修者を立て、最初から綿密に計画されていたシリーズ企画ではなく、60年代末から70年代半ばまで(言い換えれば、カウンターカルチャーの残り香が濃厚だった時期に)日本で翻訳刊行された海外小説から〝発禁書〟とか〝悪書〟とか〝問題の書〟といった評判が立ちそうなものをチョイスしたうえで、「(あくまでも)これは文学なんですよ!」というエクスキューズをつけたもの、だったのだろう。 (中略)  ちなみに、往時の角川文庫には、『ブラック・デカメロン』(1973年)、『カンタベリー物語』(1973年)、『美しき冒険旅行』(J・V・マーシャル、1973年)、『ビリチスの歌』(1977年)など……前掲したタイトル群以外にも、エロティックな趣を漂わせた洋画作品の原作小説がいくつも存在した。ところが、これらが【角川文庫:エロティシズム文学の傑作】シリーズに含まれることは、ついぞなかった。  担当者(担当部署)が違ったから? 【〜傑作】を選定する人間の趣味嗜好? 当時の関係者や当事者をつきとめ、調査取材を決行しない限り、その謎は〝藪の中〟だけど……なにしろ半世紀も昔の話ゆえ、物故者も少なくなさそうだ。  そもそも本冊子の主眼は、そうした「出版ルポ」を極めたいわけではなく、残された書籍や関係資料から、あれこれと〝憶測を重ねる〟こと。いわゆる「考察ブーム」とも一線を画す、ルーズな読み物であることを、改めて表明しておきます。(後略) ──────

  • Shigeki-ZINE [2025] ──ぼくがかんがえる、あおやま/むらさき/きちくけい [ B6判・64p ]

    ¥1,500

    シゲキジン第5弾は、今は昔〜〜90sニッポンのサブカルチャー史にドス黒い爪痕を残した、いわゆる《悪趣味・鬼畜系カルチャー》と称されていた〝あれこれ〟を、キーマンである2名の異能者・青山正明と村崎百郎との木村との交遊をベースに振り返ってみた一冊。 Z世代には伝わりづらいアナクロな題材を「存命中に書き残しておかないと…」という謎の使命感から歯を食いしばって執筆。超絶マニア仕様ですが、初心者でも怖いもの見たさを抑えきれない貴兄・貴女、ぜひお買い求めください! [目次] エッセイ❶:[はじめに]その「鬼畜系」間違ってます! エッセイ❷:2021年「まぼろし博覧会」への旅──村崎百郎、青山正明、そして鵜野義嗣/90sサブカルから遠く離れて エッセイ❸・アグリーセーターと「本当は優しい鬼畜系」の話──悪趣味系と鬼畜系は、どこがどう違うのか? エッセイ❹:続「本当は優しい鬼畜系」の話──たしかに村崎百郎はゲスかった。だからって…‼︎ エッセイ❺:[おわりに]鬼畜のあとしまつ ▶︎鬼畜コラム①:舶来文化としての「エログロ・ジャケット」を振り返る ▶︎鬼畜コラム②:輸入文化としての「悪趣味鬼畜系」を考える ▶︎鬼畜コラム③:「雨宮処凛氏は過去を反省してもいいけれど、鬼畜系を巻き込むのはちょっと違う」問題 ▶︎鬼畜コラム④:[特別企画]まぼろしの「『危ない』ブック・シリーズ」とは何だったのか? ▶︎鬼畜コラム番外編:初公開!××大学医学部標本室・ぼくのスケッチ集(画:木村重樹) ── 【サンプル原稿】 [はじめに]その「鬼畜系」間違ってます!(抜粋) (前略)話は変わるが、ここ5〜10年の間に何度か、ネット記事やニュース報道、各種トークイベントなどで「鬼畜系」というワードが引き合いに出される機会があった。しかもたいていの場合、あまり好意的とは言えない見方で。  たしかにコンプラや弱者・少数派に対する配慮が重要視される今の見識からすると、90年代の雑誌文化における言説には不謹慎極まりない代物が少なくない……いや、そんなのだらけだ。だが、そうした時代背景の違いをガン無視して、とにかく「けしからんもの」の代表格として槍玉にあげ、非難するのは、いかがなものか?  たとえばある時は「ヘイト・クライムの源流」として、またある時は「匿名掲示板における悪意」に先行する言説として、またまたある時は「迷惑系YouTuberのルーツ」として⁈ 果ては「選挙制度を玩具にする不届き者」のラベリングとして。  そのたびに自分は「えええええっ!」とのけぞり、絶句した。だってそれらを一緒くたにするのって、あまりにも「(文化的な)解像度が低すぎ」では?  かと思えば(夢よもう一度とばかり)「令和の世に鬼畜系リバイバルを!」みたいな夢物語を語る向きまで現れ、またもや「えええええっ!」とのけぞった。 (中略)  90年代の往時から約四半世紀を経て、社会通念や一般良識が変容をみた現在、「鬼畜系」という過去の遺物をあえて蒸し返すことに、はたしてどんな意義があるのだろうか? (中略)  いや、それは、過去の「鬼畜系」ムーブメントの片棒をかついでいた自分の〝うがった見方〟なのだろうか⁇ ──

  • Shigeki-ZINE [2024]──「昭和の終わり」とオルタ・カルチャーの時代 [ B6判・44p ]

    ¥1,200

    シゲキジン第4弾は、今は昔〜の「昭和から平成への端境期」の青春群像劇的体験記と、これまた90sニッポンのサブカルチャー史に強烈な爪痕を残した《トランスパーティ》や《レイヴカルチャー》の真価を(令和の世に)振り返って……みた一冊。 Z世代には伝わりづらいアナクロな題材を「存命中に書き残しておかないと……」という謎の使命感から歯を食いしばって執筆。超絶マニア仕様ですが、初心者にも親しみを持てる、はず。品切れ前に、ぜひお買い求めください! [目次] エッセイ①■更新期の〝オルタナ〟/あるいは/『オルタカルチャー』を憶えてますか?  ▶︎コラム①:レイヴ・カルチャー関連ブックガイド20  ▶︎コラム②:いったいぜんたい〝オルタ・カルチャー〟とは何だったのか? エッセイ②■昭和の板橋の「シェアハウス」では ──── 【サンプル原稿】 [はじめに]より(一部抜粋) たとえば「自分史のなかで、決定的・衝撃的とも言える瞬間をいくつか挙げよ」と言われたら、自分だったらこんな具合になります。 *1973年6月:講談社『週刊少年マガジン』に連載されていた、永井豪のマンガ『デビルマン』完結 *1989年1月7日:昭和天皇の崩御(元号としての「昭和」の終わり) *1995年3月20日:地下鉄サリン事件 *2011年3月11日:東日本大震災の発生と福島第一原発事故 *2020年初頭:新型コロナウイルスの世界的感染拡大  ここでの【2番目】と【4番目】に関する原稿が、本号のメイン・コンテンツとなります。よって「自分史内での重要なモーメントに関して」と言えなくもありませんが、かと言って「昭和論」や「反原発運動の行方」みたいなハードコアな内容でも、なく。  そうした(今からすれば、遥か昔の出来事と言えなくもない)昭和末期や平成半ばの頃に、自分がどういう暮らしをし、どういう関心を抱いていたか……についての、いわば備忘録みたいな趣向です。 ────── ■コラム①:レイヴ・カルチャー関連ブックガイド20・タイトル一覧 ── 01●クラブ・ミュージックの文化誌―ハウス誕生からレイヴ・カルチャーまで 野田 努&宝島編集部:編(JICC出版局) 02●SWITCH 1995年10月号/Vol.13 No.8 特集:BERLIN TECHNO ALLIANCE テクノバーンを疾走する者たち スイッチ編集部(スイッチ・パブリッシング) 03●Quick Japan Vol.13 特集:「脳に効く音楽―“ゴア・トランス”って何?」 クイック・ジャパン編集部:編(太田出版) 04●危ない1号:第3巻 特集・快感 気持ちよく往こう! ジャム工房:編集(データハウス) 05●RAVE TRAVELLER:踊る旅人  清野 栄一:著、ジェフリー・ジョンソン:写真(太田出版) 06●檻のなかのダンス 鶴見 済:著(太田出版) 07●ぢるぢる日記 ねこぢる:著(二見書房) 08●ZAVTONE(ザブトーン)ver.9.0 Party 北里方志:編(NEWSBASE, INC.) 09●地の果てのダンス 清野栄一:著(メディアワークス) 10●レイヴ力―Rave of life 鶴見 済、清野栄一:著、木村重樹:編(筑摩書房) 11●SPECTATOR Vol.6 / Love and Peace Issue スペクテイター編集部(エディトリアル・デパートメント) 12●ブラック・マシン・ミュージック―ディスコ、ハウス、デトロイト・テクノ 野田 努:著(河出書房新社) 13●サイケデリック・トランス・パーティー・ハンドブック 木村重樹:編著(河出書房新社) 14●サイケデリック&トランス [TWISTED VISUAL MOOK] 吉永嘉明:編(コアマガジン) 15●2マイナス #2/ 特集:ドラッグ〜happy brain! 巽早紀、SASUKE:編(ステュディオ・パラボリカ) 16●テクノ:バイヤーズ・ガイド -selected techno discs1983-2003 三田格、木村重樹、金田謙太郎:共著(河出書房新社) 17●文化=政治――グローバリゼーション時代の空間叛乱 毛利嘉孝:著(月曜社) 18●自殺されちゃった僕 吉永嘉明:著(飛鳥新社/幻冬舎アウトロー文庫:2008) 19●アーバン・トライバル・スタディーズ:パーティ、クラブ文化の社会学 上野俊哉:著(月曜社)[2017年/増補新版] 20●皆既日食ハンターズガイド 《STUDIO VOICE 別冊》 eclipseguide.net編(INFASパブリケーションズ) ──

  • Shigeki-ZINE [2022]──70sロック=ギミック/ギャルバン/コスプレ [ B6判・60p・残部僅少]

    ¥1,500

    シゲキジン第2弾は、今は昔〜な「70s洋楽ロック」のいちばん〝学究的に触れられる機会の少ない〟部分=〝チャラくてあやしくて、イカしたロック〟のエッセンスに肉薄せんと……ギミカルなショックロックで世界を制覇したキッス!/ギャルバンの始祖、ザ・ランナウェイズ!、そして(ジェネシスでひとり仮装に興じていた)ピーター・ガブリエル、の3大トピックに正面から振り返ってみた一冊。 Z世代には伝わりづらいアナクロな題材を「存命中に書き残しておかないと……」という謎の使命感から歯を食いしばって執筆。70sロックを「悪趣味」「悪目立ち」の側面から振り返った奇書。【残部僅少】につき、品切れになったらごめんなさい! ── [目次] エッセイ①●キッスと〝ギミック〟とボブ・エズリン──『地獄の狂獣 キッス・アライヴ(Alive)』+『地獄の軍団(Destroyer)』  ■コラム①:見世物としてのロック:〝ショックロック〟の世界へようこそ!  ■コラム②:ボブ・エズリンを知っていますか? エッセイ②●ガールズロックの源流、ザ・ランナウェイズの栄光と影  ■コラム③:まだまだいるぞ、ザ・ランナウェイズ以前の主要〝ガールズバンド〟あれこれ  ■コラム④:ロックの国の#MeToo運動:ザ・ランナウェイズをめぐる性暴力問題 エッセイ③●コスプレ・シンガーから、カリスマ・アーティストへ──ピーター・ガブリエルの初期キャリアを巡って  ■コラム⑤:ピーター・ガブリエルの最初期ソロ・アルバム4枚:解題  ■コラム⑥:(PGと前後して)「アーリー80s」を牽引した、野心的アルバム8選 ── 【サンプル原稿】 ■はじめに:チャラくてあやしくてイカしたロックの秘訣(抜粋)  名ディスクガイド『ワールド・スタンダード・ロック』(ソフトマジック、2002)に収録された、エアロスミス『ロックス』(1976)のレビュー内で、著者の鈴木惣一朗氏はこんな指摘をしていました。 「60年代のロックバンドは一種の集団(コミューン)感があったけれど、70年代に入ると、やおらテーマパーク感が出てきた(大意)」。  ロックビジネスが成熟してゆくなかで、まずバンド・ロゴを決め、各メンバーのキャラクターがあらかじめ設定されるような感じ。ミュージシャン本人が他のミュージシャンを『ミュージック・ライフ』的に意識する、みたいなフェイク感。たしかにデビュー当時のザ・ランナウェイズには、各メンバーがめざしていた「憧れの対象」が措定されていた、みたいです。  *シェリー・カーリー/デヴィッド・ボウイ  *ジョーン・ジェット/スージー・クアトロ  *リタ・フォード/リッチー・ブラックモア+ジェフ・ベック  *ジャッキー・フォックス/ジーン・シモンズ  *サンディ・ウェスト/ロジャー・テイラー こんな按配です。  極私的に過ごした多感な時期(十代の過半)が〝70年代〟に相当するがゆえ、軽音楽(この言葉自体が死語となって久しい気もしますが)界隈での一大潮流も、当時の人気ロックバンドやミュージシャンの栄枯盛衰に大きな影響を受けたことは、もはや隠しようもない事実。ならばその「70年代のロックバンドやミュージシャンについての思い」のありったけを、時間と紙幅が許す限りで盛り込んだのが、この『Shigeki-Zine [2022]』です。 ──

  • mini-Shigeki-ZINE [2023]──映画と〝悪場所〟とメタフィクション [ A5判・16p ]

    ¥600

    〝まぼろしのシゲキジン第3弾〟が、文学フリマ東京42を機に増刷!  mini-Shigeki-ZINE [2023]とは、インディ文芸創作誌『Witchenkare(ウィッチンケア)』第7号に木村重樹が寄稿した「映画の中の〝ここではないどこか〟[悪場所篇]」に、加筆修正や関連コラム・参照図版などを追加して再構成した小冊子。 映画鑑賞によって「そのロケ場所に行ったような気になる」ことをめぐる気分の起源から……ジム・キャリー主演の『トゥルーマン・ショー』(1988年)や、ウルリヒ・ザイドル監督作『インポート、エクスポート』(2007年)の〝場末感〟について、自由連想の翼を広げました。 さらには【「第四の壁」破り映画】と【映画の中の「スラム」描写】【ウルリヒ・ザイドル監督の考察】についての、とりとめもない雑文をプラス。 2023年「文学フリマ東京36」で頒布を開始し、その後の即売会などで完売扱いとなったのですが今回、久々に増刷したので、希望者にBASEでもお頒けいたします。 令和のシネフィル〜実験映画愛好者、統合失調気味の映像表現に興味津々な貴兄・貴女、後学の為にも、ぜひお買い求めください! ────── [目次] ■はじめに:映画の中の〝ここではないどこか〟/あるいは〝悪場所〟への厭悪と憧憬 コラム①:虚構とリアルのあわいに風穴を──「第四の壁」を壊した映画たち コラム②:映画の中の「スラム」描写 コラム③:「孤独で貧しい人物」の心情に寄り添う:ウルリッヒ・ザイドルの映画世界 ■あとがき:映画の中の「厭な場所」あれこれ ────── 【サンプル原稿】 [はじめに]より(一部抜粋) (前略) 「ついこのあいだまで自分が訪れていた〝あの場所〟は、そして、そこで出会った〝人たち〟は、はたして本当に実在するのだろうか?」と。  換言すれば、もとの日常生活に自分が着地した後もなお、〝あの場所〟には自分が見た風景が広がり、出会った〝人たち〟もまた日常生活を送っているのだろうか? という、存在論的懐疑……というとはなはだ大袈裟だが、出先での記憶や印象が鮮烈であればあるほど、〝いまここ〟で展開するいつもながらの光景と〝かつてのあそこ〟に広がっていた景色が連続したものと受け取れなかったのだ。  もちろん、現実の移動体験で、ある種のSF作品に現われる異世界ワープのような事態が引き起こされることはまずありえない。つきつめれば自分のモヤモヤも、幼児期〜思春期特有の不安定さの発露だったのかもしれない。だがしかし、その不安定さがより重篤な場合、子どもの思い込みが以下のような妄想を喚起するケースだってあるだろう。  「もしも(旅先で見た)風景が、映画や舞台のセットのような書き割りにすぎず、そこで出会った人々もまた仕込みの俳優で、みんなで口裏を合わせて自分を欺くひと芝居をうっていたとしたら。その場から自分がいなくなった途端、〈はい、お疲れさま!〉と言って解散していたら?」。(後略) ────── *他にmini-Shigeki-ZINE [2023]内で言及された映画タイトル ・ウディ・アレン監督作『アニー・ホール』(1977年) ・ウディ・アレン監督作『カイロの紫のバラ』(1985年) ・アレハンドロ・ホドロフスキー監督作『ホーリー・マウンテン』(1973年) ・寺山修司監督作『田園に死す』(1974年) ・ミヒャエル・ハネケ監督作『ファニーゲーム』(1997年) ・フーベルト・ザウパー監督作『ダーウィンの悪夢』(2004年) ・イ・サンウ監督作『トロピカル・マニラ』 ・芹明香主演・田中登監督作『(秘)色情めす市場』(1974年) ・トビー・フーバー監督作『悪魔のいけにえ』(1974年) ・イーライ・ロス監督作『グリーン・インフェルノ』(2013年) ・S.クレイグ・ザラー監督作『トマホーク ガンマンvs食人族』(2015年) ・『ホステル』(2005年)/『マーターズ』(2008年)/『テリファー 終わらない惨劇』(2022年) ・『哭声/コクソン』『女神の継承』『呪詛』『ミッドサマー』etc... ──────

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